俳優・長谷川博己が、映画『はい、泳げません』で主演を務める。“泳げない男”と“泳ぐことしかできない女”の希望と再生を描いた感動の物語で長谷川が演じるのは、カナヅチの哲学者・小鳥遊雄司。劇中では、水を怖がりジタバタと足掻くコミカルな姿から、辛い過去と向き合いながら前を向こうとする凛々しい姿まで多彩な表情を見せていく。
NHK大河ドラマ「麒麟がくる」以降、初の主演作となる本作を長谷川はどのように捉えているのだろうか?公開に先駆け、インタビューを実施した。
映画『はい、泳げません』への出演はどのような経緯で決まったのでしょうか?
大河ドラマ『麒麟がくる』の撮影を終え、ゆっくりとした時間が欲しいなと思っていた時に、『はい、泳げません』の脚本がふと目に留まりました。
脚本自体は少し前に貰ったものでしたが、改めて読み直してみると、壮絶な過去と向き合おうとする主人公・小鳥遊雄司に、期間中困難の多かった長期の撮影を経て、これからの在り方を一度見つめ直そうと考えていた自分が重なるところがあって。共感することも役に入り込むことも自然に出来たので、これは今の自分にとってやるべき作品なのだろうなと思い、出演を決めました。
小鳥遊雄司というキャラクターに惹かれたんですね。
はい。頭でっかちな言い訳ばかりするカナヅチの哲学者が、水への恐怖心を克服しようとするという設定がまず面白い。また、彼は辛い過去の記憶を思い出せずにいますが、何故その記憶だけがすっぽりと抜け落ちてしまっているのか気になりました。
そして〈水への恐怖心を克服しようとすること〉と〈記憶の一部が消えてしまっていること〉。この2つは関連していると思うのですが、どのように関連しているのかが分からなかった。しかもその分からなさが面白いと感じたので、役を通して探っていきたいと思いました。
劇中では、「人はなぜ生きるのか?」という正解のない問いを投げかけられるシーンもありました。長谷川さんはどのようにお考えですか?
向き合うことですかね。自分自身と。
深いテーマも含んだ本作ですが、辛い過去と向き合いながらも泳ぐことを諦めない小鳥遊の姿は特に印象的でした。
もちろん辛い過去そのものや、当時の記憶を失っていることに対する罪の意識を忘れてしまえば、もっと楽に生きられたはず。それでも泳ぐことを諦めなかったのは、結局のところそれが生きることに繋がっているからだと考えています。
苦難と向き合うことが生きることに繋がっている、と。
はい。と言うのも、小鳥遊が水の中で自分自身の過去と向き合うことと、俳優が役を考えるときに、自分の記憶を遡ってその感情を思い出すという過程が似ている気がしていて。役によっては苦い過去と向き合わなければならないこともあります。辛い経験やその時の気持ちを思い出すという作業は精神的にも難しいことですが、役への理解を深めることができますし、トラウマや辛い過去を含めて自分を解放することにも繋がっているような気がしています。
『はい、泳げません』に出演して変わったことはありますか?
大きく変わったことはありませんが、映画を作るということについて再認識した気がします。『はい、泳げません』は難しい題材を扱う作品だったので、少しでも疑問に思うことがあれば、その都度監督と話し合うようにしていました。今回は、監督が原作を脚色しているので、セリフの意味合いについて確認することもありましたね。
慎重に進められていたんですね。
もっと簡単に進めていく方法もあったはずですが、いい加減に演じることだけは絶対に避けたいと思いました。この作品では、納得感を持って作っていくことの大切さに改めて気付かされたような気がします。
作品のストーリーにちなんで、長谷川さんの“出来なかったけど、出来るようになったこと”を教えてください。
やろうと思えば意外と何でもできる。以前からそう信じているタイプだったのですが……、最近、以前に比べて頭が固くなったと思っていて、“出来たけど、出来なくなったこと”は沢山あるかな(笑)。
舞台役者としてキャリアをスタートし、テレビドラマや映画に活躍の場を広げてきた長谷川博己。2020年には「麒麟がくる」の明智光秀役で、“大河ドラマの主役”という俳優であれば誰もが憧れるであろう大役を果たした。インタビューのラストは、そんな長谷川の俳優業にフィーチャーする。
役作りをする上で大切にしていることは?
演じる役の過去や未来、趣味、好きなもの、嫌いなものなどパーソナリティに関わるすべてを考えるようにしています。映画で描かれるのは2時間程度ですが、それは長い人生のほんの一部。作品が始まる前はどう生きてきたのか、終わった後はどう生きていくのか、人生全体を想像しながら演じるようにしています。今までの経験から何となく分かることもありますし、想像すること自体が本当に楽しいんですよね。
役者を始めた当初から同じように役作りしているのでしょうか?
演じる役が生きてきた過去のことは以前から考えるようにしていましたが、未来のことまで想像するようになったのは、連続テレビ小説や大河ドラマに出演したことが大きいと思います。やっぱり長い時間を演じるキャラクターに挑戦すると、彼らがその後どうなったのか自然と考えるようになりますよね。ただ、作品によってはそのままやって欲しいという人もいるので、役の人生全体をいつも想像しているかというと、それはケースバイケースです。
大河ドラマの主役という大役も務め上げた長谷川さんですが、ご自身の役者人生において今はどのようなステージにいると考えていますか?
45歳になった今、無理が利くものは60歳くらいまでしか出来ないだろうなと思うのですが(笑)、実は自分がどこのステージにいるかって今も昔もあまり考えたことないんですよね。今のうちから年を取った役をやってみたいし、逆に年を重ねてから若い役に挑戦してみたいと思っています。
あえて年齢にとらわれない役柄に挑みたい、と。
年齢に限らず、僕の俳優としてのイメージ像にもとらわれない役柄を演じていきたいですね。やっぱり自分がこう見せたいと決めてしまった形では、見る側の期待を越えられない気がして、逆に自分がそこへのアプローチを躊躇してしまうようなものの方が、良い意味で裏切っていけると思うんです。だから、常にフレッシュな気持ちで色々なことに取り組んでいければと思っています。
映画『はい、泳げません』
公開日:2022年6月10日(金)TOHOシネマズ 日比谷 ほかにて全国ロードショー
出演:長谷川博己/綾瀬はるか
伊佐山ひろ子 広岡由里子 占部房子 上原奈美/小林薫
阿部純子/麻生久美子
監督・脚本:渡辺謙作
原作:髙橋秀実『はい、泳げません』(新潮文庫刊)
<映画『はい、泳げません』あらすじ>
「もし僕が溺れたらどうなりますか?」
「大丈夫、私が助けます。」
傷ついた人生に光を灯す、切なくてちょっとおかしい感動作。
大学で哲学を教える小鳥遊雄司(たかなしゆうじ)は、泳げない。水に顔をつけることも怖い。人間と水の関係についての頭でっかちな理屈ばかりをこねて、水を避けてきた雄司はある日、ひょんなことから水泳教室に通い始めることになる。訪れたプールの受付で、強引に入会を勧めたのが水泳コーチ・薄原静香(うすはらしずか)だった。静香が毎日教える賑やかな主婦たちの中に、体をこわばらせた雄司がぎこちなく混ざる。
その日から、陸よりも水中の方が生きやすいという静香と、水への恐怖で大騒ぎしながらそれでも続ける雄司の、一進一退の日々が始まる。