映画『きみの色』の監督を務めた山田尚子にインタビュー。映画は2024年8月30日(金)に公開される。
映画『きみの色』は、人が「色」として見える高校生の少女・トツ子が、美しい色をもつ少女のきみ、音楽好きのルイと共にバンドを組むという“音楽×青春”をテーマとした作品。思春期の少女たち、それぞれが向き合う自立、葛藤、恋の模様を、まるで絵画のように美しい映像で描写していく。
監督を務めるのは、アニメーターとしても活躍し、『映画 聲の形』「けいおん!」「平家物語」などを手掛ける山田尚子。些細な日常を瑞々しく鮮やかに描く類まれな映像センスと、小さな心の揺れ動きなど繊細な心情描写を得意とする。そんな山田が、『猫の恩返し』「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」「若おかみは小学生!」などを手掛けた脚本・吉田玲子、『映画 聲の形』『リズと青い鳥』や、「チェンソーマン」のサウンドトラックを担当する作曲家・牛尾憲輔とタッグを組み、『きみの色』を制作した。
これまで手掛けてきた作品でも、思春期の青春を描き続けてきたかと思いますが、思春期や青春を題材にして映画を作り続ける理由は?
当時、自分が10代だった頃には全く自覚がないことばかりでも、振り返ってみた時に「なんて伸びやかで、でも世界は狭くて、その時にしか経験できないようなことを日々生きていたのだろう」という風に思ったことがきっかけです。ものすごく悩みも多くて、多感な時期だと思いますが、過ぎてみれば今後2度と経験できない、魅力的な時期だと思うんです。
それに、ものすごい集中力で何かを好きになったり、勉強したり、大人になった今にはない集中力を発揮できる時期なので、そうした貴重で魅力的な時期を描きたいと思ったためです。
『きみの色』や他の作品も同様に、繊細な心情描写や鋭く人間関係を描いてることが特徴的かなと思いますが、映画制作において大事にしていることを教えてください。
“人を描くこと”を大切にしています。生活の中で、人間関係で上手く立ち回れない、失敗してしまうなんてことが私自身よくあるので、作品を作るときには自分の反省も含めて、もっとこうしたかったなっていう思いを反映させながら、人が抱く気持ちの部分を大事に描こうと思っています。
ちなみにどのような失敗があったのでしょうか?
言い過ぎたなとか、調子に乗って思ってもないことを言ってしまったなとか、ものすごくたくさん。頭で考えていることと口から出る言葉があまりイコールで繋がっていないタイプなので…。本当は思ってないのに傷つけるような言い方をしてしまったかなとか…1回落ち着いて考えて言葉を発するということができればいいんですけどね。
映画制作全体を通して、一貫して心がけているポリシーは?
「映画を見ている間は、その世界にとことん浸ってほしい」という風に思いながら制作しています。映画の中の世界に身を置いているかのような感覚をおぼえてほしいです。
映画制作の魅力とは?
1つの世界観、とある世界をあたかもあるかのように錯覚しながら作っていけるというところに魅力を感じています。実際にこういう世界があったらいいなとか、とにかくいろんなことを際限なく描けるので。
アイデアは無限に湧くものなのでしょうか?
1つテーマを決めたら徐々に膨らませていく感じです。といっても1人で作業するわけではなく、たくさんのスタッフと一緒に、みんなで考えて持ち寄って、一緒に考えています。
本作『きみの色』で青春というテーマに音楽を組み込んだ理由は?
音楽をテーマにというよりも、音楽を扱った作品を作りたかったんです。
というと?
音楽の魅力はやはり強いなと。自分が好きな音楽って、必ずしもほかの人と一緒じゃなかったりするし、人それぞれ好きなジャンル、好きな雰囲気の音楽がある。でも大勢が好むような音楽ではなく、自分しか好きじゃないかもしれないっていうものに「それ私も好き」っていう分かり合える人が現れたらすごく嬉しいし、肯定された気持ちになると思うんです。その好きを共有できた時の喜びは変えがたいものがある。そんな音楽の魅力を作品を通して表現したいと思いました。
「これ自分しか好きじゃないな」というようなものは多いですか?
とても多いと思います。でも、その自分だけの秘密、みたいなものを大切にしたい気持ちもあって。それが作品に向かう時の原動力になったりもしますのでとても大切な感覚だと思っています。
『きみの色』は完全オリジナル長編作となっておりますが、制作にあたり不安な面はありましたか?
原作がない、ということ。スタッフの皆さんがどういう作品になるのか測る術がないということですから、「つまんないな」と思われたらどうしようというのがとても不安でした。たくさんの時間をかけて、そのスタッフの方の時間や労力、才能を頂戴して作るので…。原作がない分、いい作品かどうかストレートに見られると思ったので、その点ですごく緊張しました。
作品完成後、現在の心境はいかがでしょうか。
まだ冷静には考えられていないです…。終わってよかったと安堵していますけど、どういう作品になっているかというのは、自分の中では3年後くらいに分かるような気がしています。今までのどの作品に対してもそうなのですが、この作品はこういうものだったんだというのも後になって理解できる感じです。
ちなみに制作段階のどのタイミングで「これでOK、完成!」と思うのでしょうか。
思うことはないかもしれないです。なんとか色々と理由をつけて完成させていくというか…「もう締め切りだしな」とか。踏ん切りをつけてなんとか完成させています(笑)。
ただ、制作途中からずっと感じていたことなのですが、やはりアニメーターやスタッフのみなさんがものすごく真剣に『きみの色』に取り組んでくださっていたので、まずそこがありがたかったし、私がまずちゃんとしなきゃとずっと思っていました。
主人公のトツ子・きみ・ルイの3人のキャラクターはどのようにして作り上げたのでしょうか。
もともとはすごく気を遣いすぎる繊細な人たちというところから構想を練りました。その気の遣い方も三者三様で。ただ、自分にとってのマイナスな部分をほかの人のせいにはしない子たち、という風に作っていきました。
それぞれトツ子は信仰があるし、きみはおばあちゃんに育てられているという家庭環境、ルイは家業を継がなければならないという将来が待っていると…。そんな背景から、どのような繊細さに分類するかということを考えながら構築していきました。
トツ子の“色が見える”という設定はどうして生まれたのでしょうか。
“色を感じる”ということを描きたかったんです。特別な子というわけではなく、たとえば絶対に右足から歩くだとか自分なりのルール、おまじない、無意識で受け取る感覚を、トツ子にかんしては“色を感じる”ことができるという風に設定しました。
3人の関係性について、お互いが気にかけ合っている、矢印がしっかり向き合っているような三角関係を作りたかったとほかのインタビューで語っていたのを拝見しました。
自分の形というのは、自分では見れないと思っていて。自分のことが一番わからないというか。なので、それをいい形で教えてくれる友達がいるととても生きやすくなるのではと思ったので、トツ子・きみ・ルイがそれぞれの方向を向いている三角関係を作りました。
それぞれ複雑な心境を抱えている子たちかと思いますが、新垣結衣さん演じるシスター・日吉子も、3人にとって大きな存在でした。彼女のキャラクターには理想の教師像も反映されているのでしょうか?
そうですね。子どもと一緒になってはしゃいでくれる人って貴重だよなと。ダメだと伝えるだけではなくて、一見ダメなことでも解釈を重ねて、違う形で肯定してくれる大人がいると思春期の子どもたちにとっても生きやすくなるなと思うので。
あとは、チャーミングなシスターって魅力的だなと思ったのも理由の1つです。こういう人がいてくれたらなって。でもいたとして、当時その価値に気付けるかどうかはわからないですけどね。なかなか気付けない。大人になってから振り返ってみて、そういう先生がいたかもしれないと思えればいいですよね。
劇中では学生ならではの“評価”が行われていたかと思いますが、そうした描写に意図はありましたか?
トツ子が見た世界が描かれているのですが、やっぱりみんながみんな、人生の中で全員の主役ってわけでもないというか。色々なものの見方があるし、全員手を繋ぎ合っているわけではないと思うので。学校という場所では、同じものが好き、同じ考え方の人が集まる場所というわけではなく、たまたま年齢と選んだ学校が同じだったという理由だけで一緒に過ごさなければならない。でもそれでも全員が共存できる場所でもあるので、肯定的な意見ばかりではないんだよという別の目線も取り入れました。
一方で、家族との温かい関係性も描かれていました。3人にとって、家族とはどのような存在なのでしょうか。
私たちが思っているのと一緒かな。いてありがたいと思うし、でも気を遣う時もあるし。ただトツ子たちからしたら、信頼関係が完璧に成り立っているかどうかは分かってないのかもしれない。家族に対してすごくビビっている可能性もある。子どもからしたら大人のことはいつまでも大人としてしか見れないので。