チカ キサダ(Chika Kisada)の2023年秋冬コレクションが、2023年3月13日(月)、東京・恵比寿のザ・ガーデンホールにて発表された。テーマは「霧の花」。なお、本ショーは、楽天によるプロジェクト「by R(バイアール)」のサポートによるものだ。
弦の音がきりきりと鳴り響く、アグレッシヴな音楽。残像を残しつつ弧を描く、身体の身振り。いわば「舞台」を背景に披露されたチカ キサダのコレクションは、ブランドの根幹にあるバレエの感覚に基づいている。「バレエの感覚」と言ったとき、踊りである以上、そのひとつの極として「身体の感覚」を指し示すことは言うまでもない。しかしここで、もうひとつの極に「幻想の感覚」を挙げねばならない。
そのために「ロマンティック・バレエ」から補助線を引こう。19世紀前半のヨーロッパで花開いたロマン主義文学──それは、遠い異国やこの世ならぬ世界など、異界への憧憬に特徴付けられた──の下に発達したロマンティック・バレエにおいて、踊り手の存在そのものが、現実と異界を架橋するものであった。そこで登場したのが、地面との接触を最小限にとどめるトゥ・シューズとトゥで立つ技術であり、ふわりと幻想的な雰囲気を醸しだす釣鐘型のスカートである。
したがって、チカ キサダがバレエをデザインの源泉としてチュールをふんだんに用いるのは、まさしく身体と幻想というこの二重の極を基底にすることにほかならない。身体の動きに合わせて揺らめいてはふと留まり、一瞬の余韻を残してまた動きだすチュールは、ラッフルを寄せたボリューミーなドレスやスカート、スリーブを大胆なフォルムに仕上げたコートなどに用いられている。そしてボリュームのあるフォルムを織りなすチュールがその下に素の身体の姿を透かして見せるところに、現実と幻想、これらふたつの意味で、身体の張り詰めた緊張が流れている。
いま、身体における現実と幻想の交錯と記した。これは、クリノリンを彷彿とさせる装飾にも流れ込む。19世紀のヨーロッパで流行したクリノリンやバッスルは、その骨組み状の構造でもってスカートの下に隠され、身体から遊離した曲線的で大胆なシルエットを作り出した。つまり、現実の身体に構造物を施すことで、衣服の造形を、いわば空想的な域にまでデフォルメすることになる。翻ってチカ キサダにおいてクリノリンは、ドレスの下に隠蔽されることなく、その構造を生のままで白日の下に晒す。その骨組みが厳しい緊張を湛えるのはこのためだ。
何より、現実の身体の身振りが、作品という虚構の空間に転換される特権的な場こそ、舞台ではなかったか。チュールが幻想的なフォルムを描くドレスをはじめ、コレクション全体は、柔らかなベージュ、グレー、ライトブルーやライトパープルといったニュートラルな色調を軸にまとめることで、身体の官能性と幻想的な雰囲気、これら両者を示しているといえるだろう。