大正デモクラシーの喧騒の裏で、マスコミは、政府の失政を隠すようにこぞって「いずれは社会主義者か鮮人か、はたまた不逞の輩の仕業か」と世論を煽り、市民の不安と恐怖は徐々に高まっていた。そんな中、朝鮮で日本軍による虐殺事件を目撃した澤田智一は、妻の静子を連れ、智一が教師をしていた日本統治下の京城を離れ、故郷の福田村に帰ってきた。同じ頃、沼部新助率いる薬売りの行商団は、関東地方へ向かうため四国の讃岐を出発する。
長閑な日々を打ち破るかのように、 9月1日、空前絶後の揺れが関東地方を襲った。そんな中でいつしか流言飛語が飛び交い、瞬く間にそれは関東近縁の町や村に伝わっていった。 2日には東京府下に戒厳令が施行され、3日には神奈川に、4日には福田村がある千葉にも拡大され、多くの人々は大混乱に陥った。福田村にも避難民から「朝鮮人が集団で襲ってくる」「朝鮮人が略奪や放火をした」との情報がもたらされ、疑心暗鬼に落ち入り、人々は恐怖に浮足立つ。地元の新聞社は、情報の真偽を確かめるために躍起となるが、その実体は杳としてつかめないでいた。 震災後の混乱に乗じて、亀戸署では、社会主義者への弾圧が、秘かに行われていた。そして9月6日、偶然と不安、恐怖が折り重なり、後に歴史に葬られることとなる大事件が起きる。
映画『福田村事件』は、実話に基づいたフィクションを描く作品。監督は森達也が務め、本作が初の劇映画となる。井浦新、田中麗奈が出演。関東大震災から5日が過ぎた1923年9月6日に、千葉県東葛飾郡福田村の利根川沿いで、利根川沿いで香川から訪れた薬売りの行商団 15人の内、幼児や妊婦を含む9人が千葉県東葛飾郡福田村に住む自警団を含む 100人以上の村人たちによって殺害されたという“福田村事件”を題材にしている。