ディオール(Dior)の2019年リゾートコレクションは、現実と非現実、空想と夢、それぞれをミックスさせた幻想的な物語を描いた。その主役は、メキシコの伝統的な馬術競技「チャレリア」に男性と同じく果敢に挑む女性騎士「エスカラムサ」。そしてそこには、マリア・グラツィア・キウリがシーズンのひとつのテーマとして捉えたトワル ド ジュイが採用された。
トワル ド ジュイは、200年以上も愛されてきたフランスの伝統的なテキスタイル。日本では、西洋更紗とも呼ぶ。まるでゆったりと流れる時を感じられるような田園風景のモチーフを筆頭に、人物や動物が田園で遊ぶ姿などをコットンプリントに描いたものだ。
誕生して以後、マリー・アントワネットをはじめ数々の歴史上の人物をも虜にしてきたその美しさを、今季はディオールのアーカイブを再現するスタイリングに投影したのだ。
ただ単に当時のものを現代に再現したのではない。マリア・グラツィア・キウリは、自身の空想と掛け合わせることでモダンに解釈した。
まず、元となるデッサンはデジタル処理ではなく1筋ずつ丁寧にペンで描き、版画のようなモノトーンで完成させた。この超現実的な工程が生み出したのはどこか歪みのある幻想的な世界。
彼女が描いたトワル ド ジュイには、うさぎや馬などの優しい動物たちが草原を走るわけではなく、当時の牧歌的な要素は少ない。曲がりくねって朽ちた木々、そしてライオン、トラ、ヘビ、クマといった強い動物が登場するその風景は、女性騎士の内面を示すかのようにワイルドな表情を浮かべる。
こうして完成した全く新しいモノトーンのトワル ド ジュイに色をのせていく。あくまで色彩は、時を巻き戻したような、当時の暖かなものをそのままに。ブルー、グリーン、レッド、それぞれの色調が個性を生みだした。
さらにパウダーカラーのチュールやベルベットなど、素材のテクスチャーが変わればまた表情が豊かになる。マリア・グラツィア・キウリは、スタイリングによって時には思い切り男性的に、またある時はとびきり女性的にトワル ド ジュイの世界を表現した。