映画「リップヴァンウィンクルの花嫁」が、2016年3月26日に全国で公開された。岩井俊二監督・脚本の作品で、長編実写の日本映画としては「花とアリス」以来約12年ぶりの新作リリース。
主演は黒木華。『小さいおうち』でベルリン国際映画祭・銀熊賞(女優賞)、2年連続で日本アカデミー最優秀助演女優賞を受賞し、TBSドラマ『天皇の料理番』の好演も記憶に新しい。共演に迎えるのは綾野剛。
結婚して間もなく家を追い出されてしまう派遣教員の皆川七海(黒木)が、なんでも屋の安室(綾野)に奇妙なアルバイトを次々と斡旋される中で起こるエピソードを中心に物語は展開。東京を舞台に、ひとりの女性が精一杯生きながら成長していく姿を描く。
そして今回、監督の岩井俊二と主演・黒木華に、本映画についての話や役者・監督という仕事への思いを聞くことができた。
岩井:最初に華ちゃんを知ったのは、蜷川幸雄演出の、「あゝ、荒野」の舞台ですね。寺山修司が好きで、小出恵介君が出演していたので見に行った舞台で、ヒロインを演じていました。その後、BS日本映画専門チャンネルのオーディションでリストに入っていて、「あゝ、荒野」に出ていた子だなと気づいてはいました。必ずしも映画に詳しい必要はないけど、映画女優のような雰囲気がある人がいいなってオーディションをしていて、華ちゃんはその思いにぴたっとはまる人だった。
岩井:CM撮影時は、映画の撮影ではないストレスがありましたね。イメージショットだけなので、早く本が書きたいなって思っていました。それから、華ちゃんと刈谷友衣子さんと番組のナビゲーターを3人で一緒にやって、2人並ぶと雰囲気があって。毎回ゲストがきて映画の話をするのですが、そういう場の雰囲気もありました。将来、映画に愛される女優さんになっていくのではないかという、想像が膨らみました。もちろん、番組やっている間も楽しかったですよ。
そうすると映画を撮りたい衝動もでてきて、一本撮りたいなと思っていました。
普通、映画を作るとなると、まずは役者の方に出演をお願いするところから始まります。華ちゃんとは、既に番組を一緒に作っていたので、自然な流れで、アットホームな映画作りができたと思います。
黒木:監督がおっしゃった通り、「マイリトル映画祭」という番組の出演とコマーシャルのオーディションに合格したのが、監督との出会いでした。
いつか岩井監督の作品に出演したいと思っていましたが、まさか本当に私を書いてくださるなんて思ってもいなかったので、とても嬉しかったです。同時に私で大丈夫だろうかという気持ちがこみ上げました。最初に頂いた脚本は、完成版と比べるともっとシンプルで、撮影しながらエピソードが増えていきました。内容は、するどく刺さるというか、生々しいところもたくさんあって、この先どうなるんだろう、早く現場に入りたいと思って読んでいました。
岩井:元の話はアメリカ版の浦島太郎みたいなお話です。一番衝撃的だったのは目が覚めたら、自分が住んでいた場所が独立アメリカに変わっていたというところです。そこが浦島太郎と違って好きだった。現実と別世界のレイヤーの中、主人公の七海がどこにいったのか、そこで過ごした日々が似ていて、重ね合わせられるところはあると思います。でも作品を見てもらうとわかりますが、タイトルは単純な言葉の組み合わせです。その単純なところが気に入っています。
岩井:自分の中では3.11が大きかった。その前は「ヴァンパイア」という作品をアメリカで制作していて、次はどの国で何をやろうかなと考えていた。3.11を機会に日本に戻ってきて、この後の日本を書きたいという衝動があり、端切れのようなものをいくつも書き始めました。ちょうど同じタイミングで、黒木華をナビゲーターにした番組「マイリトル映画祭」が始まって、番組を一緒にしているうちに、個人的にかいたものが繋がってきて、この作品に着地していきました。結果的に津波や、地震、原発もでてきませんが、今の日本のどこかの縮図を描けた気がします。
岩井:それこそ、津波に襲われてしまった人を書いたりもしましたが、最終的にこの作品に落ち着きました。逆にいうと、3.11ありきの話ではなく、そこに依存せずに、きっちりと今の日本を切り取れたと思います。
例えば、「スワロウテイル」という作品はお金がテーマでしたが、今回はサービスがテーマ。インターネット自体サービスだし、SNSだって、アマゾン、楽天のようなオンラインショッピング、宅配便もサービス。結婚式、詐欺もサービスです。別れさせ屋も誰かにとっては悲惨だけど、依頼人にとってはハッピーなサービス。世の中サービスだらけで、サービスが進化して得体の知れないところがある。
サービスの功罪や便利さや魔物のような一面含め、日本人の場合、そこの部分の進化が速いのかもしれません。そういう進化に翻弄されて、本来我々自身どうあるべきだったのだろうかということを覗いてみたかった。
岩井:個別のシーンというより、とにかく思いついたエピソードを全部とったというのが、1つあげられます。撮影は高性能のカメラを用いて少人数の体制で行いました。そして、少しドキュメンタリーに近いような、台本はあるけど、決め決めにいかないように進めました。後でどうまとめるかを考えるのではなく、いけるところまでいこうと思っていました。普段ならば取捨選択しなきゃいけない場面でも 自由にやらせてもらいました。大所帯であればお金がいくらあっても足りなかったでしょう。
どう映画を作るかという話にもなりますが、200ページの小説を描くと4時間になります。映画の2時間という尺が短いともいえますが、今まではわりきって、半分くらいとろうと思っていました。これだけの量をとってしまったのは、はじめての体験。映画の尺を超えていったので、ドラマなどの違うものができる可能性も考えるほどでした。この点が一番大変でもあり、面白くもあり、自分の中での挑戦でもありました。映画撮影でパターン化された自分が崩れた感じもしますね。結果として、撮り終わった積み重ねた七海の記録をつなげてみると5時間を超えました。
黒木:ドキュメンタリーを撮るかのように、ずっと岩井監督が役者を追いかけてくれました。決められることがなかったです。だからこそ、楽しくもあり、考えることも多かったです。台本が次々と更新されていく中で、物語がどうつながって、今この撮影はどう関わってくるのだろうと考えていました。
わからないことはどんどん岩井監督に質問しましたし、綾野剛さんともよく話しをしました。
岩井:普段感じるものを感じない、普段感じないものを感じるところですね。主役に自分自身を演じてもらうわけではないですが、華ちゃん本人との違和感がありませんでした。自分が描きたい世界があって、そこに生身の人間がくる以上、若干の違和感が必ずある気がしますが、そういうのをあまり感じたことがなかったです。
黒木:監督は、カメラも回しながら、全部を把握されているので、切り取られたシーンはとても素敵です。お芝居していても、目指さなければならない方向へ、知らないうちに自然と導いてくれる感じがしました。
黒木:自分の中では全てが愛おしい作品になりました。岩井監督の手法も、撮影現場も全てが愛おしいです。撮影期間中に、どんどんシーンが増えていきました。「自分でもどうなるかわからないんだよ。」と監督も一緒に楽しんでいらっしゃる雰囲気があって、私も増えれば増えるほど楽しかったですし、より七海ちゃんが近づいてきている感じがしました。平凡な女の子である七海から、大きな希望を見出せた気がしています。
大学生の時に、演出家 野田秀樹さんのザ・キャラクターという舞台にアンサンブル(大勢の中の一役)で出演したことがきっかけです。大学生の自分がプロの人たちと一緒に同じ舞台を作ることができると思った瞬間に、初めて夢物語だと思っていた役者という職業が現実的に思えてきました。この後の「表に出ろいっ!」という舞台で、中村勘三郎さんと野田さんの娘役を演じる事ができて、芝居をお仕事にするために頑張ろうと、心に決めました。
基本的にやることは変わらないと思います。ただ、映像の撮影には、瞬発力が求められると言われていて、それは実感します。
映画の場合、その日撮影されるパートを事前に1人でイメージし、撮影に入ります。だから撮影の時にその場で監督の要望に応えないといけないですし、相手の役者さんとも意思を合わせる余裕や瞬発力が求められるのだと思います。
一方、舞台は通常1ヶ月の稽古期間があります。その稽古期間中に色々試せますし、同じ芝居を繰り返し行うので、自分だけではない環境があります。本番中でもどんどん演技がよくなっていくこともあります。
私は高校も演劇部でしたし、舞台でデビューしているので、舞台の方が慣れていますし、馴染みがあります。だから舞台は、戻ってくる場所という気持ちが割とあります。映像は、最初はわからないことだらけでしたが、最近ようやく慣れてきて、瞬発力を使う中でどうしたら楽しいかと考えられるようになってきました。
監督と出会った分だけ教わることが増えるので、身になっていると良いなと思います。
例えば、「小さいおうち」の山田監督の時は、所作を教わりました。身のこなしや手の所作ひとつで、心の動きを表現出来る事を大切にされていました。
高校生の時に「リリイシュシュのすべて」に出会って、当時の自分には、ドンピシャな映画で衝撃を受けました。映画を見るのはもともと好きでしたが、そこから岩井監督の作品を好きになって、他の作品も見るようになりました。
やっぱり色々な人に出会えること。監督をはじめスタッフさん、役者さん、お客さん、作品もそうです。様々な人と出会ってモノを一緒に作り上げていく、その瞬間が楽しいと思います。お客さんに見て頂いて、何かを感じてもらうこともすごく嬉しいです。
台詞を正確に伝えることを心がけています。それだけは最低限、絶対に行わなくてはならないと常に思っています。舞台でも映画でも、台詞が伝わらないと何も伝わらないです。舞台では顕著にわかると思いますが、台詞が聞き取れないと見ている人にストレスを与えてしまいます。台本に書かれている言葉は、監督や脚本の方がよく練られて考えられた言葉だと思うので、そのまま伝えたいし、そのまま伝えないといけないと思います。そのための滑舌や、努力は昔から心がけています。
インタビュー当日のコーディネートは、発色のよいニットに、クロップドパンツを合わせ、ラフなコーディネート。ゆったりとしたサイズ感だが、足元はシックなブーツで飾り、バランスよくまとめた。