アトウ(ato)の2022年春夏コレクションが発表された。
今季のアトウを喩えるならば、それは春の空気を吹きこむゼフュロスの息吹とでも呼べるように思える。ギリシア神話における西風の神、春をもたらす青年ゼフュロスの名前をここで引き合いに出すのは、1枚の絵画、ボッティチェッリの《ウェヌスの誕生》の連想に誘われるからだ──画面の左手にあってゼフュロスは、裸形のウェヌスを、岸へ、岸へとその息吹でもって運んでゆく。散りばめられた花の動き、あるいは海面の揺らめきすら静けさを湛えるなか、風に吹かれる彼女の髪の毛は激しく波打ってやまない──。
ゼフュロスの比喩を続けるならば、だから、ウェアの表情はミニマムながらも決して厳格であることはなく、むしろしなやかだ。トレンチコートはドロップショルダーのオーバーサイズで仕立てつつ、緩やかに落ちゆくシルエットは端正。両サイドに配したガンパッチやバックのヨークなどは大きく設定し、ミニマルなムードにレイヤリングの奥行きと動きの律動感をもたらしている。
シルエットは、ボリューム感がありつつも柔らかい。肉厚なダンボールニットを用いたプルオーバーやフーディは、オーバーサイズでありながらも、立体裁断によりふわりと軽やかなフォルムをかたちづくる。ワイドパンツも、軽く、柔らかな素材感で、足取りに合わせて軽快に揺らめくよう。ライダースジャケットは、とろりと溶けるようなサテン地を採用し、レザーであれば有していたであろう重苦しさを払拭した。
シングルブレストのテーラードジャケットは、ボタンの位置をぐっと下方に落とし、身体に寄り添うように洗練されたラインを描く。その一方でノーカラージャケットは、ロング丈であらゆる装飾性を削ぎ落とした表情が特徴。そうでありながらも、ダンボールニットを使用した厚みのある素材感と、肩を起点にすっと落ちるようなオーバーサイズシルエットが、ミニマムさと結びつきやすい厳しさからの距離をもたらしている。
コレクションの色彩は、春風のように柔らかく、上品である。もちろんブラックのように、アトウのミニマルなスタイルと呼応するベーシックカラーは用いられているものの、ライトグリーンやライトブルー、些かくすんだピンク、どこか温かみを感じさせるホワイト、そして洗練されたトーンに変調されたオリーブやバーガンディなど、ニュアンスに富んだペールトーンに包まれている。