シューズブランド「フット・ザ・コーチャー(foot the coacher)」や「ビューティフル・シューズ(BEAUTIFUL SHOES)」のデザイナーを務め、2022年秋冬からは新たに「マルボー(Marbot)」を手がける竹ヶ原敏之介にインタビュー。
マルボーは、フランス軍への納入や高級メゾンの生産にも携わってきた、100年以上の歴史を持つフランスの老舗シューズメーカーだ。21世紀に入りブランドは途絶えたものの、2022年秋冬からは竹ヶ原のディレクションのもと、新たなブランドとして始動。マルボー再始動の背景や、靴づくりの根底にあるものについて話を伺った。
──2022年秋冬から、竹ヶ原さんのディレクションのもとで新たにマルボーが再始動します。まずその背景をお聞かせください。
靴を作り始めた頃にフランスでマルボーの靴を見かけて、その作りの良さと独特のデザインバランスに惹かれて購入し、当時よく履いていました。それこそ1990年代くらいには、アンティークマーケットに行けばモデルもサイズも豊富にありました。それから履き込んでいくうちに製作を依頼したいと思うようになりました。ただ、当時はマルボーの工場についてまったく情報がありませんでした。色々調べて、その後ようやくコンタクトが取れましたが、思うような結果には繋がりませんでした。それでもマルボーへの関心は尽きず、それがようやく今こういったかたちで実現しました。
──マルボーの靴づくりのどういった点に興味を持ったのですか?
やはり実直な作りとフランス靴ならではの雰囲気ですね。パリから程遠いヌーヴィックの街で靴づくりに徹してきたマルボーらしい、素朴な感じがその靴から滲み出ていました。それと、靴の業界では知名度のある工場がブランドとして形骸化していくケースがありますが、マルボーの場合はそういったことがなく、そこで作られた靴が一部の市場に淡々と流通していくところに、一種の専門靴のようなマニアックさを感じました。
──竹ヶ原さんは渡英してトリッカーズ(Tricker's)で働いた経緯もあります。すると、マルボーに対して抱く魅力は、いわばイギリスとフランスの靴づくりの違いとは異なる部分にあったのですね。
そうですね。そういった国柄のような大枠の違いだけではなく、ラストのフォルムや作る靴のフレキシブルさにもオリジナリティを感じましたね。たとえば、マルボーの靴にフランス軍に供給していたセメント製法のサーヴィスマンシューズがありますが、当時のイギリス製のもので同じような仕様の靴は見たことがありません。製法でいうと一般的にグッドイヤー製法の印象がありますが、マルボーのそのモデルに出会ってから、セメント製法ならではのメリットにあらためて気付かされました。
──マルボーの靴のフランスらしさを、具体的にはどのように捉えていますか。
まずラストのフォルムは全般的にショートノーズで小足に見えるように設計されたものが多い印象です。アッパーデザインに関しては、ブローグのような装飾は一切なく、とにかくシンプル。そうした徹底的に実用性を重視した結果が、良い意味での抜け感に繋がっていると思います。
──新たにマルボーを手がけていく、その際のコンセプトは何でしょうか。
基本的には、マルボーがこれまでに築いてきたイメージに沿ってディレクションしようと思っています。ただ、当時のものをそのまま作るような懐古主義的なことはやりたくありませんでした。そこで、背景やアーカイブを再度見直し、残すべき部分と変えるべき部分を精査しました。その一方、自分が当時マルボーの些細な箇所から受けた感動を、同じように今の履き手にも感じて欲しいという思いで取り組みました。
──今の人に響く部分とは、具体的にどういったものでしょう。
そこには普遍的な部分と変化する部分があると思います。なので、マルボー本来の履き心地や雰囲気などをベースにしつつも、それに加えてトレンドに沿えるくらいの余白は持たせたいと思っています。
──立ち上げのコレクションでは、革靴ばかりでなく、スニーカーも多い印象を受けました。
時代背景やコンセプトをより明確にするために、本来のマルボーにはなかったバルカナイズドスニーカーをラインナップに加えました。このスニーカーは特に、目新しさを感じさせつつも、誰もが当時のままと錯覚するようなリアリティーをあわせ持つモデルを目指しました。アウトソールのデザインやわざとはみ出させた接着剤など、黎明期に見られるマニアックなディテールを詰め込むことで、マルボーが持つフレキシブルさやプロダクト感をこの1足のうちで語り尽くしたいと思いました。
──ところで、マルボーの特徴のひとつにミリタリーがあります。服でいくと、たとえばトレンチコートは、現代のワードローブとしてはミリタリー由来の機能性はさほど重要でなく、そのディテールがデザインのアイデンティティとなっています。翻って靴では、機能性とデザインの関係をどのように捉えていますか。
靴でも似たようなことはあると思います。ミリタリーの要素はマルボーのアイデンティティでもあるので、積極的に取り入れようと思っています。そこに、当時はなかったような新素材を組み合わせて、より履きやすく機能的にしていきたいと思っています。
──まさしくミッドセンチュリーは、戦争を背景に技術や素材の開発が進んで、広くデザインの領域が豊かに発展した時期でした。いわば竹ヶ原さんの進め方は、マルボーの靴を踏襲しつつ、素材を現代の新しいものへスライドさせて組み立てていくといった感じですね。
そうですね、その通りです。
──さて、竹ヶ原さんはフット・ザ・コーチャーなどのブランドも手がけてきました。そのなかで、マルボーはどういった位置付けで進めていくのでしょうか。
やっている内容はさほど変わらないです。ただマルボーは元々あったメーカーなので、企画を立てる段階では、検証などを含めて多少工程が増えることはあります。
──マルボーをディレクションすることになって、ご自身のなかで変化はあったでしょうか。
自分のなかでの変化は特にないですね。好きでやり出したことなので、楽しい仕事がひとつ増えた、くらいの感覚です。
──マルボーも含めて、人の琴線にふれるような靴を作るにあたって、何を大切にしていますか。
あえてそういうことを意識したことがないので、答えに迷いますが……。細かな手作業が生み出す緊張感はずっと好きですね。たとえば、アッパーの革のエッジに磨きを入れたり、プリントでいいところを箔押しにしたり、普段スルーされそうな工程をひとつずつ手作業で施したりといったことが、結果的にクオリティや独創性に繋がるのかもしれません。履き手に伝わるかどうかではなく、作り手のプライドを持ってそこに淡々と取り組むスタイルが、とても尊くて素敵な行為だと思う時があります。
──最後に、これからの展望をお聞かせください。
これからも本当に良い靴を追求しながら、時代に合ったかたちでリリースし続けられたらと思います。
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