CGアニメーションの本作で活躍しているのが、『ベイマックス』の制作に合わせてディズニーが開発した光レンダリングソフト「Hyperion(ハイペリオン)」だ。光源を設定した時、それがどのように光り、そして設置されたオブジェクトにどんな影を作りだすのか。それらを対象の素材なども自動的に計算しながら、極めて自然な光環境を作り出してくれるという。当然、人間の手による細かな調整が必要になってくるのだが、『モアナと伝説の海』では、この「Hyperion」駆使してその美しい自然の描写を実現している。
南の島を舞台にしていることから、当然大量の水の描写が必要になる。しかしその見た目や動きを自然に描写するのは極めて難しい。というのも、通常のディズニー・アニメーションでは、40〜50%のエフェクトショットが用いられる(『ベイマックス』で46%)が、『モアナと伝説の海』ではなんとそれが80%にものぼる。例えば、波打ぎわに水の層が広がり、砂に沈み、そして引いていく時の色の変化や、そこに残る泡の数。本作では過去最大となる約50人のエフェクト・アーティストが海の描写に取り組み、美しい水のエフェクトを表現した。
ご存知の通りディズニー・アニメーションはCGによるものとなっているが、決してディズニー伝統の“手描き”がおろそかにされている訳ではない。マウイというキャラクターの体はタトゥーで覆われており、そのタトゥーの中を縦横無尽に動き回る“ミニ・マウイ”というキャラクターがいるが、彼の描写は手描きアニメーションによるものだ。
そのミニ・マウイを担当したのが、ディズニーが誇る伝説のアニメーターであるエリック・ゴールドバーグ。『アラジン』のジーニーをはじめとする数多くのディズニーキャラクターを魅力的に動かしてきた彼が、3DCGと手描きアニメーションの融合という極めて難しい作業を担当している。
そのエリック・ゴールドバーグ自身に、ミニ・マウイとデザイン哲学について語ってもらった。
E:ミニ・マウイを見ると、そのデザインがいかに図形的であるかおわかりになるでしょう。私は、このような図式デザイン的なスタイルでアニメーションを作るのが大好きなのです。手描きアニメーションの場合、できるだけ具象的に、そして立体感を持たせようとすることが多いのですが、今回はスタッフがリサーチ旅行で見つけたタトゥーを基にした図式を使ってデザインしたんです。まるで自分の能力を試してみるようで、とても楽しかったですね。
またミニ・マウイはパントマイムのキャラクターでセリフが無いので、彼が考えている事や感じている事はすべて彼の身体やポーズ、顔の表情で読み取ることができなくてはなりませんでした。そのためにポーズを大げさにすることで、感情を表現しています。
Q:普段からキャラクター・デザインをする際に図形を使ってしているのでしょうか?
E:イエスでありノーですね。「ノー」というのは、私がアニメーションの仕事でキャラクターを描く際には、毎回あのような過程を経て描いたりしないからです。ミニ・マウイのキャラクターがあのように構成されているということがよくわかっていますからね。ミニ・マウイがどのように構築されているかを熟知しているので、図形を使うようなプロセス無しでも描けるわけです。
ただし、シェイプデザインは、キャラクターを定義づけるのに非常に重要な要素です。私たちが制作する作品すべてでシェイプデザインは行われますからね。たとえば、モアナに比べマウイはどのようなボディ・シルエットなのか?2人はまったく違うキャラクターですから。マウイはこういうボディ・シェイプでモアナはこうだ、といった具合に決めていくのです。
Q:手描きのアニメーションに関して御自身の素晴らしい技術を、スタジオの中の誰か、あるいはほかの誰かに伝えるような活動は行っていますか?
E:常にしています。まず、ここで働く私たち手描きアニメーションのアーティストたちは、ここで働く他のアーティストたちを相手に講演をしたりしますし、私は南カリフォルニア大学でアニメーションを教えています。次の世代に伝えていくことは、私たちの義務だと思います。私たちも、私たちの前に活躍していた名匠アニメーターたちから学んだのですから。私たちが若い世代に技術を伝えていくのは、絶対に必要な事だと思っています。
世界的ヒットを記録した『リトル・マーメイド』や『アラジン』でも、音楽を使って見事にストーリーを語ってみせたジョン・マスカー&ロン・クレメンツ。音楽は常にディズニー・アニメーションと共にあり、それは本作も例外ではない。
本作で音楽を担当したのは、「ハミルトン」でトニー賞11部門を受賞した、ブロードウェイで最も旬なソングライターであるリンーマニュエル・ミランダ、『ライオン・キング』をはじめとするディズニー作品に携わってきた映画音楽家のマーク・マンシーナ、ワールドミュージックの分野で数多くの賞を受賞しているサモア出身のミュージシャン、オペタイア・フォアイの3人だ。
3人はニュージーランドで開催されている太平洋諸国の祭典「パシフィカ・フェスティバル」を訪れ、それぞれの島や地域によって特色のある音楽やダンスに触れながら、島々をめぐるリサーチの旅に出ている。
そんな3人のコラボレーションによって生まれた楽曲の中でも、モアナが自分の胸に秘めた海への想いを込めて歌う「How Far I'll Go」は、ディズニー音楽の歴史に加わった新たな名曲。後に村の長となる自分が守らなければいけないルールと、本当に自分がやり遂げたいこと。その葛藤を通して1人の少女の自立を描く本作にとって、この楽曲は物語の本質を担う重要な1曲だ。
今回インタビューに伴って「ウォルト・ディズニー・スタジオ」を訪れた際、社内の至る所に取り入れられている遊び心と、これまでの伝統と歴史を重んじる姿勢に感銘を受けた。それは作品を作るスタッフにも共通していて、素晴らしい作品を完成させるというチームのゴールに向かって、強い推進力を生み出している。
新たな作品を作るにあたって行われるリサーチ旅行「フィールドトリップ」はディズニーの伝統であると説明したが、今回の『モアナと伝説の海』では、作品作りおいてこの作業が大きな役割を果たしている。インタビューでも監督が語ってくれている通り、リサーチの旅では、アイディアやインスピレーションだけではなく、「この旅で出会った人も楽しめる作品を作りたいという、強い決意」を得たという。
衣装やタトゥーをはじめとする現地の文化を無理なく作品に取り入れ、そしてそれを皆が楽しめるエンターテイメントに昇華させる。それを可能とするのは、紛れもなくディズニーが誇る伝統と技術の賜物である。
伝統と革新を両立しながら、常に時代の先駆者であり続ける「ウォルト・ディズニー・アニメーション・スタジオ」は、これからも皆に愛される名作の数々を生み出し続けてくれるだろう。
『モアナと伝説の海』
2017年6月28日(水)先行デジタル配信開始
2017年7月5日(水) MovieNEX(4,000円+税) 新発売
(C) 2017 Disney