私たちが日常の中で身に着けている衣服を創り出す1本の糸。そんな生活に欠かすことのできない糸によって、国内のみならず海外に名を轟かせた会社が山形・寒河江にある。それが「佐藤繊維」だ。そこには、世界の名だたるブランドが発注する秘密が隠されている。
昔から繊維産業が栄えていた山形で、4代目となる現代表取締役社長・佐藤正樹の曾祖父から始まった「佐藤繊維」では、商社の下請けとして、羊を飼って自分たちで手紡ぎから糸の生産を始めた。当時、山形の繊維産業は花形産業といわれ、作れば売れる、工場をいかにして確保するかという時代だったのだ。
佐藤正樹は東京で服飾の専門学校を卒業し、アパレルメーカーでの勤務を経て入社することとなる。そのころ状況は一変、多くのアパレル企業が生産の場を海外に移したことで国内の生産量は激減した。「佐藤繊維」も同様、大打撃を受けて倒産も危ぶまれたという。
しかし、そんな状況を打破し、のちに製造した超極細のモヘア糸がアメリカのオバマ大統領就任式でミッシェル夫人の着用したニナ・リッチのカーディガンに採用されたことで「佐藤繊維」の名は世界中に広まった。“なぜ佐藤繊維の糸なのか”その秘密に迫るため、佐藤正樹に話を聞いた。
■きっかけは取引先の工場
時代とともに窮地に追い込まれていた佐藤繊維に訪れた大きな転機。それは、取引先のイタリアの紡績工場が「工場を見に来ないか」と声をかけてくれたことであった。実際にそこで見た光景に佐藤は、大きな衝撃を受けることとなる。
私が驚いたのは、工場長の「俺たちが世界のファッションのもとをつくっているんだ」という言葉。彼らはどうすればいいものができるかをいちから考えて、機械を自分で改造していたんです。売れているものを前面でみせるのではなくて、オリジナリティがあり自ら発信したい糸を打ち出す。見た人が楽しくなるような演出をしていました。私はそこで実感しましたね、日本とヨーロッパの差を。
そして、これからの時代で大事なのは、自分たちで”個性の豊かな糸”を発信することだと気付かされました。ヨーロッパの工場に行って、技術を真似しようと思っていましたが、結局私たちが真似しないといけないのは“もの”じゃない。“情熱”“夢”“こだわり”でした。
■新しい機械VS古い機械
大手企業のように、画一化された工業的な糸を大量生産することでは、佐藤繊維のような中小企業は勝ち目がない。 日本に戻った佐藤は、従業員たちに糸づくりに対する情熱を伝え、これまで世に出ていない糸を開発しようと強く呼び掛けた。
当初、「できない」と首を横に振るばかりだった従業員たちも、次第に理解を示しはじめ、新たな糸づくりの楽しさに目覚めることとなる。そして彼らがオリジナルの糸の開発のために目を付けたのは、大手企業が廃棄した古い機械だった。
古い機械は、効率の悪さはありますが、丁寧に糸を作るのにとても理想的な構造になっています。機械自体がゆっくり動くので、質の悪い原料でも引くことができました。
みんながいらないというような物であっても、それを改良すればすごく面白い機械になるかもしれない……。発想を転換し、繊細な原料から極細のものが作れたり、不規則で特殊な糸が作れたりするというポジティブな面に繋がると考えました。そうして機械の改良に力を注ぐことにしたんです。
■最初の挑戦、そして“佐藤繊維式紡績”の誕生
通常、ウールは長さ8センチ~12センチ。ただまっすぐに引っ張ると抜けてしまう。そこで、羊毛を梳いて伸ばし引き揃え、ゆっくり撚りをかけていくことで毛を抜けなくないようにし(梳毛)、1本の糸を紡いでいく。
左:1) 原毛
右:2) 油汚れを落として一方向に整えられた原料
左:3) 原料を滑らかにするために油を注入
右:4) 引っ張る×合わせるを繰り返す。
左:5) 引っ張る×撚りをかける工程を経て糸はできる。
右:6) 出荷の際は大きいサイズに巻きなおす。
こうして均一に作られるのが一般的な糸の作り方。しかし、古い機械の改良を重ねて彼らが完成させたのは、1本がグラデーションになっていたり、太いところと細いところがあったりする複雑な糸。
試行錯誤の末、3か月後ぐらいに日本の市場に実際に商品を出しましたが、全部クレーム返品。なぜなら糸自体の太さが不規則でグラデーションのピッチも同じところが一切なく、100枚編むと100枚とも違う編地ができるし、糸の細い部分はセーターにしたときに穴が開いたように見えてしまうから。
この失敗から、工場長と2人で製作工程のすべてを見直しました。その後、完成までは3年か4年かかりましたね。でも、その過程で機械にいろんな改良を加えてきたことで、どうすれば何が作れるといった開発を繰り返すことができたんです。糸自体はそんなに売れなかったんですけどね(苦笑)。
今となれば、このときの創作が結果的に“佐藤繊維式紡績”の完成につながったと思っています。
古い機械を改良することで、この機械にしかできないことを見つけていく。このように、トレンドを追いかけるのではなく、ものづくりから発生するデザイン、工場だからできる新たなデザインを生み出すというのが“佐藤繊維式紡績”。現在はこれを軸として世界に通用する糸を発信していこうと考えています。