A.P.C.(アー・ペー・セー)の2016年春夏は、音楽とファッションを関連づけ、5つのバンドのある時代の曲からインスパイアされたユニークなコレクションだ。デザイナーのジャン・トゥイトゥはこう前置きする。「ロックもファッションも新しいものは出尽くしてしまっているけれど、組み立てしだいでまだまだ面白くなりえる。例えば、誰もが聞いたことのある曲でも、別の音源を加えただけで、まったく別のものに生まれ変わる。それは、ファッションにも言えることなんだ」――かくして“微妙な差異の妙”を味わう、いかにもA.P.C.らしいコレクションが完成した。
最初は、1960年代にイギリスに強い影響を受けたアメリカのロックバンド「ザ・チョコレート・ウォッチ・バンド」の「I’m not like everybody else」からインスパイアされたカテゴリー。ジャンいわく「抜け目のないロックなファッションはつまらないけれど、そこにアメリカンの要素が入ることで面白くなる」のだという。コートはイギリスらしいステンカラーコートやチェスターコートで、靴はサイドゴアブーツやドクターマーチンを連想させる3ホールのプレーントゥ。これだけだと“ザ・ブリティッシュ”だが、それらにシンプルなシャツやカットソー、クロップド丈のパンツを合わせることで、全体をシンプルにまとめ、イギリスのバンドの“コテコテ感”を排除している。
次は、70年代のフレンチニューウェーブバンド「Marie et les garçons」の「Re-Bop」。1978年当時、イギリス発のパンクが世界を席巻していたなかで、小奇麗なスタイルとユニークな音楽性で注目されたバンドだ。優等生的な雰囲気だが「当時は逆に整ったスタイルのほうが反抗的なふるまいだったんだ」とジャンは振り返る。真っ赤なタートルネックセーターにホワイトのGジャン、細身のネイビーのトラウザーを合わせたルックや、ボーダーシャツにホワイトのスタジャン、ローファーを合わせたルックは、どこか80年代に流行したフレンチカジュアル「BCBG(ベー・セー・ベー・ジェー)」に通ずる雰囲気。インナーにポロシャツを合わせるのは、水色のフレンチラコステのポロシャツのタグをバンド名に変えた有名なアルバムジャケット(1980年発売)へのオマージュだろう。
もっともロック色が強いのが、NYのパンクバンド「ブロンディ」の楽器隊にインスパイアされたルック。曲としては日本でもディスコの定番曲として大ヒットした「Heart of glass」を挙げているだが、それ以前のパンクやニューウェーブ色が強いときのスタイルの印象が強い。タイトなレオパード柄のシャツやパンツ、細身のブラックジーンズ、極端に吊り上がったミラーレンズのキャッツアイ型サングラス(カトラー&グロスとのコラボレーション)など、A.P.C.らしからぬロック色の強いアイテムを並べた。
4番目は、ニール・ヤングがカバーしたThe Premiersの60年代の名曲「ファーマー・ジョン」。カバーしたのは1990年だが、その当時のスタイルではなく、原曲の60年代のファーマールックがインスピレーション源だ。ゆえに、主役は厚手のコットンのオーバーオール。脇を固めるチェックのネルシャツ、分厚いデニムシャツ、ワークハットなども土っぽい感じだが、全体の印象は“都市生活のためのワークウェア”といった雰囲気だ。
最後は、ペット・ショップ・ボーイズの「Absolutely Fabulous」。英BBCで1992年から96年まで放送された毒舌女2人のコメディドラマ(通称アブファブ)のファンだったペット・ショップ・ボーイズが94年に同タイトルでリリースした曲だ。ドラマとの関連性は薄いが、目深にかぶったキャップ、スポーツブランドのジャージ風のブルゾン、ストライプが印象的な丸首のチルデンセーターなどで、上品なアイテムで夜遊びする90年代のクラブ・キッズ・ソサエティをイメージしている。なお、この最後のカテゴリーはサブブランド「Louis W.」のコレクションとなる。
さて、この5曲はYouTubeで検索すれば誰でも聞くことができる。それらを聞いてみてから、もう一度コレクションの写真をじっくり眺めてみてほしい。ジャンの“ずらし”のテクニックと遊び心が手に取るように分かると思うから……。
TEXT by Kaijiro Masuda(FASHION JOURNALIST)