オセロは白と黒の石のみで構成されているが、トムブラウン ニューヨーク(THOM BROWNE.NEWYORK)の2015-16年秋冬メンズコレクションもそれと同じである。トムのオセロは白が1で黒が44と、圧倒的に黒の勝ちだが……。
会場のパリ郊外のイベント センターには、3つの白い箱が設置されている。左から食事の部屋、中央は寝室、そしてタイプライターを打つ仕事部屋。ベッドには1人のモデルが寝ていて、かれが起き上がると同時にショーの前説が始まった。
衣装は白のスーツ、白のシャツ、白のネクタイ、白の靴下、白の靴のオールホワイト。起床してまず向かうのは食事の部屋。食事を終えたら仕事部屋に移動してタイプライターと格闘する。1日の仕事を終えたら、白い箱の上に付いている黒いカーテンを閉め、自らも黒い服に着替える。そして掛布団を裏返して黒にして、黒い服を着たまま就寝する……。
その間約10分。箱の横には壁があるから、全世界に映像を発信するカメラマンにはその様子は見えず、見えるのは席に座った観客のみ。「記録するより記憶しろ」ということなのだろうか。
少々長めの一人劇を終えると同時に、ショーは幕を開けた。空からは粉雪が降っていて、なんだか物悲しい雰囲気が漂っている。モデルの歩くスピードはゆっくりゆっくりで、一歩一歩を愛おしく惜しむように踏みしめている。最初の男の衣装は、一部の隙もない正装である。ブラックスーツにコートをはおり、頭にはシルクハット、手にはクロコダイルのドクターバッグ。まるで黄泉の国へ導く医者のような風情だ。
その後に続く男たちも、生を終えて死へ向う死装束に身を包んでいる。ロングジャケットの上にスカートを穿いた男、クジラが全面に刺繍されたコートとパンツ、クジラ型のバッグを持った生涯をかけてクジラを愛した男、ファーがトリミングされたコートに短いショーツを合わせたエキセントリックな男――それぞれがこれまでの生き様を示すように装っている。そして、その男たちはランウェイを歩く途中で、睡眠中の男の前で何かを言いたげに立ち止まるのだ。「もうすぐ君もこっちの世界に来るんだよ」とか「俺ももう少し生きたかった」とか言っているのだろうか……。
演出はしばし置いておいて、洋服の細部に目を向けてみよう。シャツ以外のアイテムはすべてブラックだが、単調にならないのはトムのトムたる所以である。テキスタイルへの凝り用は尋常ではなく、複雑な織のジャカード、竹細工のような生地、ブークレー調のウール、ウールの上にレースを張った生地、1900年代初頭の古着を連想させる目の詰まったウール、シルクのような光沢のあるコーデュロイなどで、「男の黒」の表現範囲を大きく広げている。クジラと亀のモチーフは、黒の重い雰囲気を中和する役割を果たしている。
このショーの主題が「生と死」であることは明らかである。しかし、この三途の川への行進を見ていて不思議と暗い気持ちにはならなかった。生と死はオセロの白と黒のように表裏一体である。だから今回のトムの死装束は生を楽しむための服、なのだと思う。恐れずに着るがいい。
Text by Kaijiro Masuda(Fashion Journalist)