第3章では、モネの制作におけるモチーフの集中に着目。新しい画題を求めて、モネはヨーロッパ各地を精力的に旅している。その背景に、19世紀後半における鉄道網の発達がある。フランス北西部のブルターニュなどに滞在したモネは、ひとつの場所で集中的に制作を行い、人影のない自然の風景を好んで描いた。
こうしたなかでモネは、同じ風景が見せる多様な表情を描くようになり、「連作」の手法へと向かってゆくことになる。たとえば、ノルマンディー沿岸のプールヴィルの海岸。1882年には、《プールヴィルの漁網》や《プールヴィルの断崖》など、海岸で目にすることができるさまざまな造形が探られているものの、1897年の《プールヴィルの崖、朝》や《波立つプールヴィルの海》では、岸、海、崖、そして空を臨む構図自体はほとんど同一であり、異なる気象で風景が織りなす表情の違いに着眼点があることが見てとれる。
第4章では、モネが確立した独自の「連作」を紹介。モネが体系的に「連作」の手法を実現したのは、1890年頃、「積みわら」が最初であるとされている。
1883年、セーヌ川下流の村ジヴェルニーに移り住んだモネは、この地の秋の風物詩である積みわらをモチーフに、作品を手がけるようになった。1884年の《ジヴェルニーの積みわら》や翌年の《積みわら》などに見るように、当初、モネは風景をありのままに描き、そのなかのいち要素として積みわらを捉えている。実際、これら2作品でも、積みわらの向こうには樹木が青々と並んでいる。
しかし、「積みわら」に集中して取り組むようになった1890年前後には、一度に複数のカンヴァスを用意し、陽の光を受けて変化する積みわらを描き進めた。本展の《積みわら、雪の効果》は、こうして制作された25点のうちの1点だ。積みわらを前景に大きく配置した画面には、その時々の光のニュアンスが、繊細に描きだされている。
連作は、モネの重要な表現手法のひとつとなり、幾つものモチーフで手がけられることになった。1899年よりモネはロンドンを訪れて、「ウォータールー橋」や「国会議事堂」などの連作を数年にわたって制作している。会場では、同一の「ウォータールー橋」の構図ながら、曇り、夕暮れ、そして日没と、異なる表情を豊かな色彩で描いた連作の例を目にすることができる。
第5章で光をあてるのが、モネが後半生を過ごしたジヴェルニーの光景だ。モネは、もともと借りていたジヴェルニーの家と土地を購入し、その後も敷地を広げて水辺の広がる庭を整えている。この池で栽培されていたのが、連作のモチーフにもなる「睡蓮」である。
当初、「睡蓮」は、風景として描かれていたものの、次第に水面とその反映に関心が向けられてゆくことになる。本展で展示されている1897〜98年頃の《睡蓮》では、水面に浮かぶ睡蓮の姿が大胆に捉えられ、あくまでその造形に視線が注がれていることがわかる。一方で後年の作品、1918年頃の《睡蓮の池》では、大画面に広がる水面に、睡蓮と溶けあうようにして樹木の鏡像が描かれている。その筆致は荒く、対象の輪郭も曖昧であり、色と光とが豊かに響きあう画面が生みだされることになった。
抽象絵画をも彷彿とさせる晩年の作品は、印象派の画家モネの歩みの帰着であったのかもしれない。刻々と移ろう光景を捉えるために、モネの筆致は細かなものとなり、ある一瞬のイメージを捉えて定着してゆく。しかしこの「一瞬」とは、到達したかと思うとさらにまた細分化されうるものだろう。「一瞬」を求めるなかで展開されたのが「連作」であるのならば、モネ晩年の作品では、こうした細分化のもとで草木も水辺も定まった形を失い、色と光が溶けあう幻想的な画面が織りなされているといえるだろう。
展覧会「モネ 連作の情景」
会期:2023年10月20日(金)〜2024年1月28日(日)
会場:上野の森美術館
住所:東京都台東区上野公園1-2
開館時間:9:00~17:00(金・土曜日、祝日は19:00まで)
※入館はいずれも閉館30分前まで
休館日:2023年12月31日(日)、2024年1月1日(月・祝)
入館料:
・平日=一般 2,800円、高校生・大学生・専門学校 1,600円、小・中学生 1,000円
・土日祝日=一般 3,000円、高校生・大学生・専門学校 1,800円、小・中学生 1,200円
※オンラインによる日時指定予約を推奨
※未就学児は無料(日時指定予約は不要)
※身体障害者手帳、愛の手帳、療育手帳、精神障害者保健福祉手帳、被爆者健康手帳の提示者および介護者1名は当日料金の半額(日時指定予約は不要)
※チケットは、公式チケットサイト(ART PASS)ほかにて販売
※チケット購入や入場の詳細については、展覧会公式サイトを参照のこと
■巡回情報
・大阪中之島美術館
会期:2024年2月10日(土)~5月6日(月・振)
住所:大阪府大阪市北区中之島4-3-1
※出品作品は、東京展と大阪展で一部異なる